ウォーキングビーム式加熱炉事件「先使用の成立要件と範囲」(最高裁昭和61年10月3日第2小法廷判決)

事件名

ウォーキングビーム式加熱炉事件

この判決に関する論点

・「事業の準備」とは、どのような状態をいうのか?

・先使用権の効力が認められる「発明の範囲」とは?

事実関係

・会社Yは、昭和41年に、加熱炉の入札参加と見積もりの依頼をF社から受けた。

・Yは、同年、電動式のウォーキングビーム式加熱炉(A製品)の見積書と設計図を、F社に提出した。

・Yは、F社から受注できなかったため、ほかの会社の入札にも参加し続けた。

・Yは、昭和45年に、H社に電動式のウォーキングビーム式加熱炉(B製品)を納入した。
B製品は、A製品と若干の相違があった。

・Yは、H社に納入してから、ずっと電動式のウォーキングビーム式加熱炉の製造販売を続けていた。

・一方、Xは、昭和43年に、アメリカ出願に基づきパリ優先権を主張して「動桁炉(どうこうろ)」についての発明を日本に特許出願した。

・Xの特許出願は、昭和55年に登録された。

・Yは、Xに対し、先使用権を有するので、特許権侵害にならないことを確認するため、
差し止め請求権不存在確認訴訟を提起した。
また、先使用権の確認訴訟も提起した。

・Xは、Yの製品の差し止めなどを求める反訴を提起した。

・一審は、A製品についての先使用権をYに認め、さらに、 A製品についての先使用権の効力が、B製品にも及ぶとした。
Xの反訴については、棄却した。

・二審は、一審と同旨の結論を出した。

・Xは上告した。

本判決の結論

・棄却
・判旨
「・・・ところで、発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり(特許法二条一項)、一定の技術的課題(目的)の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経て完成されるものであるが、

発明が完成したというためには、その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、またこれをもつて足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和四九年(行ツ)第一〇七号同五二年一〇月一三日第一小法廷判決・民集三一巻六号八〇五頁参照)。

したがつて、物の発明については、その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成されていることまでは必ずしも必要でなく、

① その物の具体的構成が設計図等によつて示され、

② 当該技術分野における通常の知識を有する者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成し

③ その物を製造することが可能な状態になつていれば、

発明としては完成しているというべきである。

また、同法79条にいう発明の実施である

「事業の準備」とは、

①特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、

②その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、

かつ、

③その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていること

を意味すると解するのが相当である。

本件について検討する。

1 本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明は、・・・という構成を採つたものである。 一方、乙製品について、・・・見積仕様書に、・・・であることが記載されていることに照らすと、

見積仕様書等には、乙製品における技術的課題の解決のために採用された技術的手段が、
当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして示されているということができ、

被上告会社は、右見積仕様書等をE製鉄に提出した頃には、既に乙製品に係る発明を完成していたものと解するのが相当である。

もつとも、現実に乙製品を製造するためには、更に相当多数の図面等を作成しなければならず、そのためにかなりの日時を要するとの事実も、原審の適法に確定するところであるが、右事実は、前記判示したところに照らし、右判断の妨げとなるものではない。

また、前記事実関係によれば、被上告会社は、E製鉄からのF製鉄所用加熱炉の引合いに応じ、・・・見積設計を行い、次いで電動式のウオーキングビーム式加熱炉の見積設計を行つて乙製品に係る発明を完成させたうえ、本件特許発明の優先権主張日前である昭和41年8月31日頃、E製鉄に対し乙製品に関する前記見積仕様書及び設計図を提出し、E製鉄から受注することができなかつたため最終製作図は作成していなかつたものの、

同社から受注すればF製鉄所との間で細部の打合せを行つて最終製作図を作成し、それに従つて加熱炉を築造する予定であつて、受注に備えて各装置部分について下請会社に見積りを依頼したりしていたのであり、その後も毎年ウオーキングビーム式加熱炉の入札に参加したというのである。

そして、ウオーキングビーム式加熱炉は、引合いから受注、納品に至るまで相当の期間を要し、しかも大量生産品ではなく個別的注文を得て初めて生産にとりかかるものであつて、予め部品等を買い備えるものではないことも、原審の適法に確定するところであり、

かかる工業用加熱炉の特殊事情も併せ考えると、

被上告会社は乙製品に係る発明につき即時実施の意図を有していたというべきであり、かつ、その即時実施の意図は、E製鉄に対する前記見積仕様書等の提出という行為により客観的に認識されうる態様、程度において表明されていたものというべきである。

したがつて、被上告会社は、本件特許発明の優先権主張日において、乙製品に係る発明につき現に実施の事業の準備をしていたものと解するのが相当である。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

原判決に所論の違法はなく、論旨は、右と異なる見解に立ち、又は原審の認定にそわない事実に基づき原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

特許法79条所定のいわゆる先使用権者は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」特許権につき通常実施権を有するものとされるが、

ここにいう「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、

したがつて、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。

けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。

そして、その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばないのはもちろんであるが、

右発明の範囲が特許発明の範囲と一致するときは、先使用権の効力は当該特許発明の全範囲に及ぶものというべきである。

これを本件についてみるに、
乙製品は・・・本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準、その他前示のような本件事実関係のもとにおいては、乙製品に具現されている発明は、・・・細部の具体的構造に格別の技術的意義を見出したものではなく、本件特許発明と同じより抽象的な技術的思想をその内容としているものとして、その範囲は本件特許発明の範囲と一致するというべきであるから、

被上告会社が乙製品に係る発明の実施である事業の準備をしていたことに基づく先使用権の効力は、本件特許発明の全範囲に及ぶものであり、・・・したがつてイ号製品にも及ぶものであるとした原審の判断は、正当というべきである。 論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。